適正原価導入によって、仕事が減る可能性も[適正原価第2回]

前回の記事では、これまでの「標準的な運賃」から、新たに導入される「適正原価」へ何が変わるのかを取り上げました。

適正原価は、原価を無視した過度な安値競争から脱却し、持続可能な物流を実現していくうえで重要な制度です。

しかし、制度の内容を考えていくと一つ疑問が残ります。

適正原価ができれば、
本当に運送会社は適正な運賃を
受け取れるようになるのでしょうか。

制度上の基準ができても、実際の取引現場には別の問題があります。

今回は前回の記事からもう一歩踏み込み、 「なぜ運送会社は、採算が合わないと分かっていても安い仕事を断れないのか」 について考えてみます。

目次

値上げに成功したのに、仕事が減る?

例えば、ある荷主がA社・B社・C社という3社の運送会社に配送を依頼しているとします。

これまで3社とも、1運行5万円で仕事を受けていました。

しかし燃料費や人件費、車両価格、修繕費などが上昇し、A社では5万円では十分な利益が残らなくなりました。

そこでA社は荷主に、

「今後は5万円から6万円に値上げしてほしい」

と交渉します。

荷主も事情を理解し、6万円への値上げを受け入れました。

ここだけ見れば、価格交渉は成功です。

ところが、B社とC社がこれまで通り5万円で仕事を続けていたらどうでしょうか。

A社 値上げ後 6万円
B社 従来価格 5万円
C社 従来価格 5万円

輸送品質や対応力に大きな違いがなければ、荷主がB社やC社への発注を増やしたいと考えるのは不自然ではありません。

「値上げには成功した。
しかし、その後の配車が減った」

ということが起こる可能性があります。

単価が20%上がっても、売上が減ることがある

例えば、これまでA社が月100便を5万円で受注していたとします。

運賃 便数 月間売上
値上げ前 5万円 100便 500万円
値上げ後 6万円 50便 300万円

1便あたりの単価は20%上昇しています。

しかし仕事量が半分になれば、売上は500万円から300万円へ減ってしまいます。

運送会社にとって怖いのは、「値上げを断られること」だけではありません。

値上げそのものは認めてもらえても、その後の仕事を他社へ回されることも大きなリスクです。

「安いなら断ればいい」は正しい。でも、なぜできない?

運賃の問題について話すと、

「そんなに安いなら、その仕事を断ればいいのでは?」

という意見があります。

理屈だけで言えば、その通りです。

  • 採算が合わないなら断る
  • 必要な利益が出ないなら値上げを要求する
  • 条件が折り合わなければ取引しない

一般的な市場取引であれば、ごく普通の話です。

そして運送会社の経営者も、そんなことは十分分かっているはずです。

では、なぜ実際にはそれが難しいのでしょうか。

背景にある「仕事を与える側」と「仕事をもらう側」

ここには、長年続いてきた荷主と運送会社の力関係があります。

物流の取引には、

荷主側 「仕事を与えている」
↔
運送会社側 「仕事をいただいている」

という意識が、長年の商習慣の中で形成されてきた側面があります。

もちろん、すべての荷主と運送会社がそのような関係というわけではありません。

しかし運送会社側に、

「仕事をさせてもらっている」

という意識が強く残っていれば、

「この運賃では運べません」

「この条件では仕事を受けません」

とは、なかなか言いにくくなります。

大口荷主への依存が、さらに交渉を難しくする

特に、一社の大口荷主への売上依存度が高い会社では、この問題はさらに深刻です。

例えば、会社全体の売上の40%や50%を一社の荷主に依存しているとします。

その荷主に値上げ交渉を行い、もし仕事量を大幅に減らされれば、会社経営そのものに影響します。

そうなれば経営者として、

「本当は採算が悪い。しかし、この荷主を失う方がもっと怖い」

という判断になっても不思議ではありません。

その結果、多少条件が悪くても仕事を受け続けます。

そして荷主側から見れば、

「この価格でも運んでくれる会社がある」

ということになります。

こうして、安い運賃が市場からなくなりにくくなります。

本当は「仕事をもらっている」のではない

ただ、ここで一度、取引そのものを考え直す必要があります。

荷主は、なぜ運送会社へお金を払うのでしょうか。

当然ですが、商品や原材料などを目的地まで運んでもらうためです。

メーカーであれば、商品を作ったとしても、それを販売店や顧客へ届けられなければ商売は成立しません。

つまり荷主も、運送会社が提供する輸送サービスを必要としています。

これまでの意識 仕事をいただく
→
これから必要な意識 輸送サービスを提供する

本来、荷主が一方的に仕事を「与えている」わけではありません。

荷主は輸送サービスを購入し、 運送会社は輸送サービスを提供しています。

「仕事をさせてもらう」のではなく、
「サービスを提供し、その対価を受け取る」

この認識は、今後さらに重要になるのではないでしょうか。

ドライバー不足は、力関係を変える機会でもある

現在、運送業界ではドライバー不足が大きな問題になっています。

一般的には、

  • 人が集まらない
  • トラックを動かせない
  • 物流を維持できない

といった深刻な課題として語られます。

もちろん、それ自体は大きな問題です。

しかし価格交渉という観点から見ると、別の側面もあります。

輸送能力が十分に存在していた時代なら、

「この運送会社が高いなら、別の会社に頼めばいい」

という判断が比較的容易でした。

ところが、運べる会社そのものが不足してくれば、

「どの会社に頼むか」ではなく、
「そもそも運んでもらえる会社を確保できるか」

という問題になってきます。

そうなれば当然、運送会社側の交渉力も変化します。

ドライバー不足は大きな危機ですが、その一方で、 長年続いてきた荷主と運送会社の関係を見直す機会 でもあるのかもしれません。

では、運送会社がみんな一緒に値上げすればいい?

ここで、一つの疑問が出てきます。

自社だけ値上げすれば他社へ仕事を取られるのであれば、

「運送会社みんなで同じように値上げすればいいのでは?」

という考え方です。

例えば複数の競合する運送会社が、

  • 「今後は6万円以下では受けない」
  • 「来月から一斉に値上げしよう」
  • 「この荷主については同じ価格にしよう」

などと相談して価格を決めれば、荷主側も安い会社へ簡単に切り替えられなくなります。

しかし、これは別の問題になります。

競合する事業者同士が、本来自主的に決めるべき価格について話し合い、共同で決定すれば、独占禁止法上のカルテルなどに該当する可能性があります。

運送会社が抱える難しさ

① 安いまま受ければ利益が出ない

② 自社だけ値上げすれば他社に仕事を取られる可能性がある

③ だからといって競合他社と価格を相談して合わせることもできない

この三つの問題を同時に抱えているわけです。

だから「適正原価」が意味を持つ

ここまで考えると、適正原価制度が必要とされる理由がより分かりやすくなります。

適正原価については前回の記事で詳しく取り上げたため、今回は制度そのものの説明は省略します。

ただ、一つ重要なのは、

適正原価は単純に
「運賃を上げるための制度」
ではないということです。

むしろ、

原価を無視した価格競争がどこまでも続かないように、競争の最低ラインを作る。

そう考える方が、その意味を理解しやすいのではないでしょうか。

一番「無理をした会社」が仕事を取る市場でいいのか

例えば、本来必要な運賃水準が6万円だったとします。

A社 必要なコストを反映 6万円
B社 価格競争 5万円
C社 さらに値下げ 4.8万円

A社がドライバーに適切な給与を支払い、車両を整備し、安全管理を行い、必要な利益まで考えた結果6万円になったとしても、

他社が4万8,000円で受注すれば、A社が仕事を失う可能性があります。

すると市場では、

「最も効率的な会社」ではなく、
「最も無理をして安く運べる会社」が仕事を取る

という状態になりかねません。

これでは持続可能な物流とは言えないでしょう。

競争をなくすのではなく「競争の内容」を変える

もちろん、適正原価が導入されたからといって、運送会社同士の競争をなくすべきではありません。

企業である以上、競争は必要です。

例えば同じような価格でも、

  • 事故が少ない
  • 時間を守る
  • 急な増便に対応できる
  • 荷主との情報共有が早い
  • 積載率が高い
  • 帰り荷を確保できる
  • 配車効率が高い

といった部分では会社ごとに差があります。

こうした経営努力によって、より良い会社が選ばれるのであれば、それは健全な競争です。

「誰が一番赤字を我慢できるか」ではなく、

「誰がより効率的で、質の高い輸送サービスを提供できるか」

そんな競争へ変えていくことが重要なのではないでしょうか。

ただし、制度を作るだけでは市場は変わらない

そして今回、最も重要なのがここです。

適正原価という制度を作れば、自動的に運送会社の立場が強くなるわけではありません。

国がどれだけ制度を整えても、運送会社自身が、

  • 仕事をなくしたくない
  • 荷主に嫌われたくない
  • 他社に仕事を取られたくない

という理由から採算の合わない仕事を受け続ければ、市場は大きく変わりません。

結局、

「その金額でも運ぶ会社がいる」

という状態が残ってしまうからです。

だから適正原価の導入と同時に必要なのが、

運送会社側の「意識改革」と「経営改革」

ではないでしょうか。

「仕事をいただく会社」から「輸送サービスを売る会社」へ

これまで、

「荷主から仕事をいただく」

という考え方が強かった会社ほど、この部分を変える必要があります。

運送会社は、単に仕事をもらう会社ではありません。

トラックを保有し、ドライバーを確保し、車両を整備し、安全管理を行い、時間通りに荷物を届ける。

そのための設備、人材、ノウハウを持った輸送サービス事業者です。

ならば、

従来 「この仕事をください」
→
これから 「この条件・品質・価格でサービスを提供します」

という考え方に変わっていく必要があります。

価格交渉についても、

「値上げしてもらえませんか」

とお願いするだけではなく、

「この運行を持続的に提供するには、この価格が必要です」

と説明できる会社になる必要があります。

最終的には「断れる会社」になれるか

さらに踏み込めば、

採算の合わない仕事を
「断れる会社」になれるか

も重要です。

もちろん、

「明日から採算の悪い仕事を全部断ればいい」

という単純な話ではありません。

特定荷主への依存度が高い状態で、急に大きな仕事を失えば会社経営が苦しくなる可能性があります。

だからこそ必要なのが、その前段階の経営改善です。

① 荷主別・便別の採算を把握する
↓
② 特定荷主への依存度を把握する
↓
③ 取引先を分散する
↓
④ 自社が選ばれる理由を作る
↓
⑤ 採算の悪い案件は条件改善を交渉する
↓
⑥ 条件が合わなければ断る選択肢を持つ

価格交渉力とは、単純に交渉が上手いことではありません。

「その仕事を断っても会社が経営できる状態」を作ること自体が、交渉力です。

最大の問題は「一社依存」なのかもしれない

ここまで考えると、適正運賃の問題は単なる運賃の問題ではないことが分かります。

例えば、

売上の50%を一つの荷主に依存している会社。

一方で、最大の荷主でも売上の10%程度しか占めていない会社。

どちらが価格交渉しやすいでしょうか。

当然、後者でしょう。

一社への依存度が高ければ、

「この荷主を失ったら会社が危ない」

という状態になります。

そうなれば、価格交渉以前に荷主側の交渉力が強くなります。

逆に取引先が分散されていれば、一社との条件がどうしても合わない場合に、仕事量を調整するという選択肢も持てます。

今後必要なのは、
「運賃交渉」だけではなく
「荷主ポートフォリオ」を考える経営

なのかもしれません。

どの荷主から、どれだけ売上があるのか。

どれだけ利益が出ているのか。

その荷主に売上の何%を依存しているのか。

そこまで把握して初めて、本当の意味で価格交渉ができるようになります。

ドライバー不足の今だからこそ、関係を変えられる

物流業界はいま、大きな転換期にあります。

  • ドライバー不足
  • 人件費の上昇
  • 車両価格の上昇
  • 燃料費の上昇
  • 働き方改革
  • 適正原価制度

運送会社にとって厳しい環境であることは間違いありません。

しかし同時に、

荷主と運送会社の関係を変える
大きなタイミングでもあります。

これまでの、

「仕事を与えている」

「仕事をいただいている」

という関係から、

荷主は輸送サービスを必要としている。

運送会社は輸送サービスを提供している。

という関係へ。

もちろん、

「仕事をしてやっている」

という逆方向の上下関係を作る必要もありません。

重要なのは、

「仕事をさせてもらっている」でも、
「仕事をしてやっている」でもなく、

双方が必要だから取引している。

という関係になることです。

適正原価は、運送会社を自動的に救ってくれる制度ではない

適正原価には大きな意味があります。

これまで個々の運送会社だけでは変えにくかった安値競争について、制度として一定の歯止めをかけようとしているからです。

しかし、

適正原価ができる
↓
自動的に運賃が上がる
↓
すべての運送会社の経営が改善する

というほど単純ではありません。

値上げした会社から仕事が減る可能性があります。

荷主との力関係もあります。

競合他社との価格競争も残ります。

そして競合する会社同士で価格を相談して合わせることもできません。

だからこそ、

制度改革と、運送会社自身の経営改革を
セットで考える必要があります。

まとめ|「仕事をいただく」から「取引する」へ

前回の記事では、

「国の基準だけではなく、自社の原価を把握する必要がある」

と書きました。

今回、その先まで考えると、自社原価を把握するだけでも足りないことが分かります。

  • 自社原価を把握する
  • 必要な運賃を決める
  • その理由を荷主へ説明する
  • 荷主別の採算を把握する
  • 一社への依存度を下げる
  • 自社が選ばれる理由を作る
  • 条件が合わなければ断れる経営体質を作る

ここまで進んで初めて、適正原価という制度を本当の意味で活用できるのではないでしょうか。

これまで 「仕事をいただく」
→
これから 「必要なサービスを適正な対価で取引する」

ドライバー不足によって物流の供給力そのものが貴重になりつつある今だからこそ、運送会社側も自分たちの立場を見直す必要があります。

適正原価は、運送会社を自動的に救ってくれる制度ではありません。

しかし、

長年続いてきた荷主と運送会社の関係を変えるための、
一つのきっかけにはなる。

制度が本当に機能するかどうか。

それを決めるのは、国や荷主だけではありません。

運送会社自身がこれからどのような経営をしていくのか。

そこまで含めて、適正原価制度の本当の効果が問われることになるのではないでしょうか。

※本記事は、適正原価制度をめぐる物流業界の課題や取引構造について考察したものです。具体的な制度内容や独占禁止法上の判断については、国土交通省、公正取引委員会などの最新情報をご確認ください。

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